乳がんの治療①乳がんを切らずに治す
経皮的ラジオ波焼灼療法が保険適用に
”切らない乳がん治療” 経皮的ラジオ波焼灼(しょうしゃく)療法(radiofrequency ablation therapy:RFA)が、1.5㎝以下の早期乳がんを対象に、2023年12月から健康保険の適用になりました。
RFAは、腫瘍を切除するのではなく、腫瘍に針を刺して、数分間通電することによりがん細胞を死滅させる治療方法です。
熱凝固療法や凍結療法といった手術によらない治療(non-surgical ablation)は、特に肝臓がんに広く普及しています。熱凝固療法の一つであるRFAは肝臓がんに対してすでに保険適応となっていました。
今回、乳がんに対するRFAについては、2013年から日本で行われた臨床試験において、対象となる方を厳密に選び、術後のフォローをきちんと行ったうえで、有効性と安全性が確認され、保険適用となりました。乳がんにおけるnon-surgical ablationは、乳房部分切除術と並んで、局所治療の選択肢となりました。
治療の選択肢が増えることは、患者さんにとって朗報ですが、どのような方に安全に行えるのかをきちんと見極めること、治療を行う医師の技術の担保、治療効果の判定法などが非常に重要とされています。そのため、この治療が行えるのは、乳癌学会が認定した施設に限られています(⽇本乳癌学会ホームページにて公開→資格認定・e-Learning|一般社団法人 日本乳癌学会 (jbcs.gr.jp))。
乳がんの手術は縮小傾向に
Halsted(ハルステッド)の理論と初期の手術法
乳がんの外科手術は長い歴史を持ち、その治療法は時代とともに変遷してきました。
1890年ごろ、アメリカの外科医、ハルステッドが、乳がんの根治術として乳房・大小胸筋(乳房の下の筋肉)・腋窩リンパ節(わきのリンパ節)をすべて切除する方法を報告しました。かつては、乳がんはまずリンパ節に転移し、それから全身に広がるという理論に基づき、手術でより大きく病巣を切除することで乳がんが治るのではないか?と考えられていたのです。
この手術は、100年近く世界的に標準術式として認識されてきましたが、1950年ごろから手術の縮小化が試みられ、筋肉(胸筋)を温存する胸筋温存乳房切除術が始まりました。これにより、皮膚の下にあばら骨が浮いて見える状況が改善されました。現在行われている「乳房全切除術」は、 大胸筋と小胸筋を両方温存するAuchincloss法です。
さらに、1970年には乳腺部分切除 (乳房温存療法) がはじまり、放射線治療と合わせて行う”集学的治療”として普及していきます。 日本乳癌学会の調査でも2003年に乳房温存療法が胸筋温存乳房切除術を逆転し、最も多い手術方法となっています。また、薬物治療の進歩により、手術の前に化学療法を行いがんを小さくしてから、乳房温存手術を行うようにもなりました。
腋窩郭清からセンチネルリンパ節生検へ
わきのリンパ節の切除の範囲も縮小してきています。1990年代から、センチネルリンパ節生検が始まりました。 脇の下のリンパ節を全て切除することを腋窩郭清といい、術後の後遺症として、患肢のむくみ、痛み、しびれ、運動障害が問題になります。センチネルリンパ節生検は、がん細胞が最初に転移するセンチネルリンパ節を同定し切除します。手術中に転移の有無を調べ 、転移がない場合は腋窩郭清を省略できます。小さな転移の場合は、放射線治療・薬物治療を組み合わせて腋窩郭清を省略をする場合もあります。
乳がんの手術は個別化が進んでいる
乳がんの一部は、比較的早い段階で全身へ拡がっている可能性のある「全身病」であると考えられています。乳がんの場合、初期であっても、目に見えない小さながん細胞が全身に拡がっている可能性があります。
今では、 小さながん細胞が全身へ転移している可能性があると思われる場合には、その程度を予測しながら、局所的な治療(手術、放射線照射)と全身的な効果が望める薬物治療(化学療法やホルモン療法)を組み合わせ、治療が行われるようになっています。現時点では、薬物治療が進んで手術の役割がなくなったわけではありません。手術を行うことで、病巣を取り除き、乳がんの性格や薬物治療の効果を正しく判定が出来ます。それぞれの患者さんに適した手術を行い、病気を治すことと同時に、できるだけ心や体への負担を少なくすることが重要と考えられています。
手術の省略
非浸潤性乳管癌 (ductal carcinoma in situ, DCIS)は、乳房の乳管に限局した乳がんです。乳がん検診の普及により、DCISの診断が急増し、現在では新たに診断される乳がんの約25%を占めています。 現時点では、非浸潤性乳管癌に対しては基本的に切除が勧められますが、 一部のDCISに対して、手術をしないで、厳重な経過観察や薬物治療を行う臨床試験が進められています。
化学療法の進歩により、特にトリプルネガティブまたはHER2陽性の60%~80%では、薬物治療によって、もともと乳房にあったがんが縮小するだけではなく、がんの病巣が消失するようになりました。このように薬物治療によく反応した乳がんでは、手術を必要としない場合もあるのでは、と考えられ、手術を省略する臨床試験が検討されています。
乳房を再建する、乳がんを予防する
乳房全切除術は、乳がんの広がりが大きい場合に選択されますが、それ以外にも、乳房の再建手術を前提にして、皮膚や乳頭を温存する乳房全切除術をおこなうことがあります。遺伝性乳がんの場合、新たながんを防ぐために、発症していない乳房を摘出する手術(予防切除)として、乳房全切除術が行われることがあります。
乳がんは切らずに治りますか?
残念ながら、今のところ手術は避けては通れません 。がんの再発のリスクを出来るだけ少なく、かつ侵襲の少ない手術方法を提案していくことになります。
乳がんの治療において、これだけ手術の役割が変化してくると、外科医、という仕事はどうなっていくのでしょう。外科医の先輩と、乳がんの手術は将来なくなるか、という話をすることがあります。私は、「将来的には手術が必要でなくなる」派です。それは、私自身が乳がんになったとしたら手術以外の方法も含めて選択肢を持ちたい、という、希望的観測も含まれています。
重要なことは、早期の乳がんでは、適切な治療につなげることで、十分に治癒が可能な病気であるということ。早期発見例では、今後ますます、心と身体に負担の少ない手術方法を選択できる可能性が増えるはずです。
乳房を切除することに強く抵抗を感じるあまり、患者さんの中には、最初から手術をはじめとした標準的な治療を希望しない方もいらっしゃいます。 病気の治療のためとはいえ、手術により乳房の喪失・形の変化は、心や身体へ影響を与えます。 しかし、医療は日々進歩していますので、今は適応が限られている治療が標準的になったり、全く新しい治療法が出てくるかもしれません。いろいろな可能性があるんだということを信じて、一緒に乳がんに向き合っていきませんか?