乳がん治療のアピアランスケア|医療アートメイクの選択肢
診療をしていると、病気そのものとは別に、患者さんが抱えているさまざまな悩みに出会います。
髪が抜けたこと。
眉毛やまつ毛が薄くなったこと。
皮膚や爪が変化したこと。
手術によって乳房の形が変わったこと。
乳頭や乳輪を失ったこと。
傷あとが気になること。
診察室では、どうしても検査結果や治療方針、副作用などについて話すことが中心になります。
でも、患者さんが抱えている悩みは、それだけではありません...
アピアランスケア とは
「アピアランス(appearance)」は、外見・見た目という意味です。
がんの治療では、脱毛、眉毛やまつ毛の減少、皮膚や爪の変化、手術による身体の形の変化、傷あとなど、さまざまな外見上の変化が起こることがあります。
こうした変化は、単に「見た目の問題」にとどまりません。
人に会うことが嫌になったり、仕事に行くことをためらったり、洋服を選ぶことが難しくなったり、鏡を見ることがつらくなったりすることもあります。
アピアランスケアとは、がんやその治療によって生じる外見の変化に伴う患者さんの悩みに対して行う支援です。
化粧やウィッグ、スキンケア、ネイルなどの工夫もその一つ。
必要に応じて、補整具や医療アートメイク、形成外科的な治療などが選択肢になることもあります。
見た目をきれいにすることだけが目的ではありません。
外見の変化によって生じるさまざまな悩みに寄り添い、その人が少しでも自分の生活を取り戻していくための支援がアピアランスケアです。
アピアランスケア、まずは知ることから。
私はアピアランスケアについて考えるとき、
するべきもの ではなく、選択肢を知ったうえで、その人が選べることが大切だと思っています。
乳がんの患者さん、といっても、
病状も、年齢も、治療内容も違う。
治療の経過も違う。
仕事や家庭での生活パターンも違う。
そして、外見について何を大切にするかも違います。
抗がん剤治療中で、眉毛がなくなったことをとても気にされる方もいます。
一方で、今は治療のことが一番。外見はあまり気にならない と話される方も。
治療が終わって落ち着いてから、身体のシルエットの変化が気になる方もいます。
再発・病気が進行して、治療を続けながらも、社会とかかわる中で少しでも外見を整えていたいと思う方もいます。
どれが正しいということではありません。まずは自分が大切にしているものを知って、それを実現するためにどんなことならできるのか、知っておくことが大切なのではないでしょうか。
治療が終わって、元の生活に?
がん治療にはさまざまな段階があります。
抗がん剤治療中の方。
治療を終えたばかりの方。
ホルモン療法などを何年も続けていく方。
再発・病勢進行のため治療を続けていかなければいけない方。
医療上の治療の流れと、日常を取り戻したという感覚は、必ずしも同じではありません。
だから、治療の段階だけでアピアランスケアが必要かどうかを決めることはできません。
「自分らしく」という言葉に感じること
アピアランスケアについて考えると、「自分らしく」という言葉がよく出てきます。
とても大切な言葉だと思います。
でも私は、この言葉を簡単に使っていいのだろうか、とも思います。
がんになった後の身体を、これも自分の一部だからと受け入れたい人もいる。
一方で、「できることなら、治療前の自分に戻りたい」と思う人もいる。
「今の自分を少し好きになりたい」という人もいれば、
「病気のことを考えずに、以前と同じようにおしゃれをしたい」という人もいる。
あるいは、「きれいになりたいわけではない。ただ、鏡を見るたびに病気を思い出すのが嫌」という人もいるかもしれません。
「受け入れる」ことが、その人にとってのゴールとは限りません。
変えたいと思うことも、変えたくないと思うことも、どちらもその人の選択です。
だから私は、アピアランスケアを単純にあなたらしく、とまとめてしまうことにも、少し違和感があります。
むしろ、
「あなたはどうしたいですか?」
と尋ねることから始まるものなのではないでしょうか。
アートメイクとは
アートメイクは、針を使って皮膚に色素を定着させる技術です。
眉やアイラインなど、美容目的で広く知られています。
一方、医療の領域では、この技術を病気や手術によって変化した外観を補うために使うことがあります。
例えば、
- 抗がん剤治療後の眉などの外見変化への対応
- 乳房再建後の乳頭・乳輪の再現
- 手術や外傷による瘢痕の色調の補正
- 色素脱失による外観の変化の補正
などです。
乳頭・乳輪では、色の濃淡や光と影を利用して、立体的に見えるように再現する方法もあります。こうした医療的なタトゥー・アートメイクは、乳房再建の仕上げの一つとして報告されています。
がん治療に携わる方には、抗がん剤治療で眉毛が抜けた人のための アートメイクはよく知られているかもしれません。
入れ墨とアートメイクの違い
どちらも、針を使って皮膚に色素を入れるという点では共通しています。
一般的なタトゥーでは、色素を真皮に比較的深く定着させるため、長期間残ります。
一方、アートメイクはより浅い層に色素を入れるため、時間の経過とともに薄くなっていきます。
ただし、「浅いから安全」「入れ墨とは全く別のもの」という意味ではありません。
皮膚に針を刺して色素を入れる以上、感染、アレルギー、色調の変化などのリスクがあります。
日本では、眉や毛髪、乳頭・乳輪、アイラインなどへの色素注入は、医療行為とされています。
だからこそ、提供する場合には、安全性や医学的な判断を含めて考える必要があります。
私自身は、美容目的のアートメイクと、がん患者さんのアピアランスケアとしてのアートメイクは、少し違う見方が必要になると思っています。
アピアランスケアとしては、
「どんな眉にしたいですか?」
に加えて、
「今どんな治療を受けていますか?」
「皮膚の状態はどうですか?」
「これから治療の予定はありますか?」
「そもそも、あなたは何を一番気にしていますか?」
という視点が必要になります。
がんを知っている施術者であることの価値
先日、偶然ご縁があり、医療アートメイクを行っている看護師さんとお話しする機会がありました。
長くがん看護に携わっている方で、これまで多くの症例を経験されています。
そのお話の中で、アートメイクには、もっといろいろな可能性があることを知りました。
また、アートメイクの技術を持っていることと、がん患者さんを理解していることは同じではありません。
同じ「眉毛が薄くなった」「乳頭乳輪を作りたい」という悩みでも、
抗がん剤治療中なのか。
どのような抗がん剤なのか。
再発の治療なのか。
など、背景はそれぞれ違います。
その人が今どんな治療を受けているのかを理解していること。
そして必要な場合には、施術者だけで判断せず、医師や他の医療者につなげられること。
そこには、がん医療を知っている施術者だからこその価値があるのではないかと感じました。
医療者にも「知ること」が必要
患者さんから、抗がん剤治療に備えてアートメイクをしてみたいと言われたとき、
「どこを紹介したらいいのだろう?」と迷うことがあります。
乳頭・乳輪については、乳房再建を担当する形成外科との連携が重要になる場合があります。
乳癌診療に関わる医師や看護師がアピアランスケアを知ること。
そして、どんな施術者が、何を専門としているのかを知ること。
そのうえで、必要な患者さんを適切なところにつなげること。
これからは、こうした医療者と施術者のつながりも大切になるのではないかと思います。
みんな違っていい
美しくなりたい。
自分らしくありたい。
失ったものを取り戻したい。
治療後の身体と折り合いをつけたい。
以前の自分に少し戻りたい。
あるいは、
病気のことを少し忘れて、普通に過ごしたい。
同じ技術でも、その人によって意味は違います。
だから、みんな、目的が違っていいのだと思います。
「受け入れなければならない」わけでもない。
「変えなければならない」わけでもない。
「自分らしくならなければならない」わけでもない。
選択肢を知って、その中から自分で選ぶ。
自分が大切にしているものを守り、自分が心地よく過ごし、自分が機嫌よくいられるように。
私は、それがアピアランスケアの大切な役割の一つなのではないかと思っています。
治療のその先にも できることがある
病院では、どうしても病気を診ることが中心になります。
検査をして、診断をして、治療を考える。
けれど患者さんにとっては、
病気を治療することと、病気とともに生活していくことは、同じではありません。
治療を受けながら、
仕事をする。
家族と過ごす。
人に会う。
鏡を見る。
服を選ぶ。
そんな日常の一つひとつに、治療による変化が影響することがあります。
その中で、もしアピアランスケアという選択肢が、その人にとって少しでも役に立つのであれば、それを知っておくことには大きな意味があります。
今回、医療アートメイクのアーティストにお会いして、
患者さんの「治療のその先」にできることについて改めて考えるきっかけになりました。
これからも、
患者さんにとって本当に必要なことは何なのか。
どんな選択肢を知ってもらうことが、その人の助けになるのか。
考えていきたいと思います。
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