2026年日本乳癌学会学術総会④患者さんの本音とコミュニケーションの難しさ
今年の乳癌学会では、新しい薬や手術、遺伝子診断など多くの最新知見に触れることができました。
その中で、私の心に最も残ったテーマは SDM(Shared Decision Making:共同意思決定)。
そして印象的だったのは、医師だけでなく、実際に乳がんを経験された患者さんが登壇し、ご自身の体験を率直に語ってくださったことです。
診断を受けた日のこと、手術前の不安、治療中の副作用、主治医には言えなかった気持ち……。
そのお話を聞きながら、私自身も自分の外来を振り返り、反省する点がありました。
SDMとは?
近年の乳がん診療では、診断や治療のプロセスでの、SDM(Shared Decision Making:共同意思決定)という考え方がとても大切にされています。
「共同意思決定」と聞くと、なんだか難しいですが、、、「患者さんが自分で決めること」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
でも、本来のSDMはそうではありません。
医師が病気や治療について医学的な情報をわかりやすく説明し、患者さんはご自身の生活や仕事、ご家族のこと、そして何を大切にしたいかという価値観を伝えます。
その上で、お互いに情報を共有しながら、一緒に最適な治療を考えていく。
それがSDMです。
つまり、
- 医師が一方的に決める医療でもなく、
- 患者さんに「自分で決めてください」と丸投げする医療でもない。
「一緒に考え、一緒に決めるプロセス」そのものがSDMです。
患者さんが語ってくださった「本当は言えなかったこと」
学会のシンポジウムでは、患者さんがこんなことを話してくださいました。
「乳がんと告知された日は、頭が真っ白になって、先生が何を説明してくださったのか、あまり覚えていません。」
「手術の痛みや副作用は我慢しないといけないと思っていました。」
「乳腺外科の先生には言えず、別の診療科の先生に相談していました。」
「先生は忙しそうで、こんなことを聞いていいのかわかりませんでした。」
どれも特別な話ではありません。
私の外来でも、同じような思いを抱えている患者さんは少なくないのではないかと思いました。
なぜ、このようなことが起こるのでしょうか?
実は、SDMに関する研究では、その理由も少しずつ明らかになっています。
1.診断直後は、冷静に判断することが難しい
「乳がんです。」
そう告げられた直後、多くの患者さんは強いショックを受けます。
心理学の研究では、このような強いストレスの中では、
- 説明を十分理解できない
- 記憶に残りにくい
- 複数の選択肢を比較して判断することが難しい
ことが知られています。
医師としては丁寧に説明したつもりでも、患者さんは「頭が真っ白で覚えていません」とおっしゃることがあります。
それは決して珍しいことではありません。
2.日本人には「遠慮する文化」があります
SDMの研究では、日本を含むアジアでは、
- 医師に遠慮してしまう
- 質問しにくい
- 「先生にお任せします」と言うことが礼儀だと感じる
という文化的な背景も指摘されています。
そのため、
「質問がありません。」
という言葉が、
「すべて納得しています。」
という意味とは限りません。
「本当は聞きたいことがあるけれど、聞けなかった。」
そんな患者さんも少なくないのです。
3.患者さんによって「望む関わり方」は違います
すべての患者さんが同じではありません。
- 自分でしっかり決めたい方
- 医師からおすすめを聞きたい方
- ご家族と相談して決めたい方
さまざまです。
だからSDMとは、「患者さん全員が積極的に発言すること」ではありません。
その方が望む参加の仕方を尊重することも、SDMの大切な考え方なのです。
「Three-talk model」という考え方
SDMの実践で大切な考え方の一つが、「Three-talk model」です。
Team Talk
まず最初に大切なのは、
「一緒に考えましょう。」
というメッセージを伝えることです。
患者さんは、一人で決めるのではありません。
医療者とチームになって考えることから始まります。
Option Talk
次に、それぞれの治療法について、
- どのような選択肢があるのか
- メリットとデメリットは何か
- 自分にはどの方法が考えられるのか
を整理していきます。
Decision Talk
最後に、
患者さんが何を大切にしたいのかを一緒に確認しながら、治療方針を決めていきます。
ここで大切なのは、
「医師は患者さんを一人で決めさせない」
ということです。
医師は答えを押しつける人ではなく、患者さんが納得して選択できるよう支える「意思決定の伴走者(Decision Coach)」でもあるのです。
私自身の外来を振り返って
当院には、ときどき他院で説明を受けた患者さんが相談に来られます。
「選択肢は説明されたけれど、何を基準に決めたらいいかわからない。」
「先生から『決めてきてください』と言われたけれど、頭の中が整理できません。」
そんな時、私は「こちらが正解です」と結論だけをお伝えすることはほとんどありません。
まずは、
- 今の病状を整理すること
- 選択肢を整理すること
- それぞれのメリット・デメリットを整理すること
- そして患者さんが何を大切にしたいのかを一緒に考えること
を心がけています。
突然の病気の告知を受けた直後は、誰でも気持ちが混乱しています。
そのような状況で、「自分で決めてください」と言われても、戸惑ってしまうのは当然です。
だから私は、「決めること」を急ぐのではなく、「納得して決められるように情報を整理すること」も、医師の大切な役割だと思っています。
小さなすれ違い
ただ、患者さんは、とても遠慮されています。
今回のシンポジウムを聞きながら、私自身も「伝えたつもり」と「伝わった」は違うことを改めて実感しました。
「こんなこと聞いていいのかな」
「先生は忙しそうだから」
「こんなことで受診していいのかな」
そう思っている患者さんは、想像以上に多いのでは。
でも、私たち医療者は、
「何かあれば相談してくださるだろう」
と思っているところがあります。
ここに、小さなすれ違いがあります。
私は診察のたびに、「何か気になることはありませんか」「困っていることはありませんか」とお尋ねしています。
でも、それだけで十分とは言えないのかもしれません。
医師は「いつでも相談してください」というつもりでいても、患者さんは「忙しそうだから」「こんなことを聞いていいのかな」と遠慮してしまう。
その小さな温度差が、積み重なることがあります。
私自身も、できる限りベストを尽くしているつもりでも、後になって「実はあのとき不安だった」「別の医療機関で相談しました」という話を耳にすることがあります。
そのたびに、
「私の説明が足りなかったのだろうか。」「もっと話しやすい雰囲気を作れなかっただろうか。」
と考えます。
もちろん、セカンドオピニオンを受けたり、ほかの医療機関の意見を聞いたりすることは、とても大切なことです。
だから患者さんが悪いわけではありません。
でも、
「相談しづらかった」
もしそう感じさせてしまっていたなら、それは私自身が改善しなければいけないことだと思っています。
届けたい医療
SDMを語る際によく引用される言葉に、
“No decision about me, without me.”
「私に関することは、私抜きで決めないで。」
があります。
この言葉は、もともと障害者運動や患者運動の中で、「自分たちの人生に関わることは、当事者も参加して決めるべきだ」という理念を表す言葉として広まりました。
医療でも同じです。
治療は患者さんの人生や生活に大きく関わるものです。だからこそ、医師だけで決めるのではなく、患者さんも十分な情報を得たうえで、一緒に考え、納得して治療を選択することが大切だと考えられるようになりました。
ただし、この言葉は「患者さん一人で決める」という意味ではありません。
乳がんと診断された直後は、多くの方が大きなショックを受け、気持ちも情報も整理できない状態にあります。そんな中で、「自分で決めてください」と言われても、戸惑ってしまうのは当然のことです。
だからこそ、医療者には医学的な情報をわかりやすく伝え、患者さんが何を大切にしたいのかを一緒に整理し、納得して選択できるよう支える役割があります。
今回の学会で印象に残ったのは、「良い医療は、良い対話から始まる」ということでした。
どれだけ医学が進歩しても、患者さんが遠慮して気持ちを話せなかったり、不安を一人で抱え込んでしまったりすれば、本当の意味で良い医療にはつながりません。
患者さんが安心して質問できること。
「こんなことを聞いてもいいのかな」と思わずに話せること。
迷ったときに、「先生と一緒に考えたい」と思えること。
そのような関係を築くことも、乳がん診療の大切な一部なのだと改めて感じました。
私自身も、診療をしていると「もっと早く相談してくださっていたら、一緒に考えられたのに」と感じることがあります。
それは、患者さんに「相談してほしかった」という気持ち以上に、「一人で抱え込まなくてもよかったのに」という思いです。
私もまだまだ学ぶことばかりです。
医学を学び続けることはもちろんですが、「伝えること」「聴くこと」も磨き続けたいと思っています。
迷ったとき、不安になったとき、あるいは治療が思うように進まなかったときも、どうか一人で抱え込まないでください。
一緒に情報を整理し、一緒に考えること。
それも、乳腺専門医として私が大切にしたい役割の一つです。
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