乳がんとアピアランスケア①
アピアランスケアって何?
乳がんの治療は、手術・放射線治療・薬物治療(ホルモン治療や、抗がん剤治療など)を組み合わせて行いますが、一般的に下記のような様々な身体的な変化が起こります。
・手術:乳房の一部あるいはすべてを失う、身体のラインが変わる、傷あと、など
・放射線治療:皮膚が赤くなる・黒ずむ、皮膚が硬くなる、など
・ホルモン治療:毛髪・皮膚の変化(肌のくすみ、髪質の変化) 、体重増加、など
・抗がん剤治療:体毛・毛髪・皮膚・爪の変化、浮腫みなど体形の変化 など
アピアランスケアとは、国立がん研究センター中央病院のアピアランス支援センターが提唱しているがんを経験した方のためのケアの一つです。アピアランスとは、「appearance =外観・ 外見」のこと。ケアは、「care =手当・世話・ケア」という意味です。アピアランスケアは、がんや、がん治療によって生じる外見の変化への対処を通じて、患者さんの日常生活をサポートすることを目的としています。
なぜアピアランスケアが必要とされているの?
国立がん研究センター中央病院は、がん患者さんにとって、外見の変化は身体的な痛みよりも大きな苦痛をもたらす場合があると報告しています。例えば、抗がん剤の副作用では、吐き気や、熱、身体の痛みやしびれなどが起こることがありますが、新しい制吐剤や対症療法も研究されてきたので、最近では、これらの症状はかなりコントロールできるようになりました。結果として、現在では、抗がん剤の副作用による外見の変化(脱毛、爪、皮膚の変化など)に対して、患者さんはよりストレスを感じているそうです。
外見の変化をどう感じるかは、患者さん個々の感じ方を反映しています。外見が変わっても、特に気にならず、そのままで過ごされている患者さんもたくさんいらっしゃいます。ただ、中には、外見が変化したことで「周りの人に気を使わせているのではないか?」「外出したくない」「治療に前向きになれない」等、周囲の方との関係や、自分自身の変化に戸惑い、悩みやストレスを抱える方がいます。感じ方は人それぞれなので、年齢や性別は関係がありません。悩みの内容や程度も様々ですが、そのつらさを少しでも和らげるためアピアランスケアが役に立つことがあります。
アピアランスケアにはどのようなものがありますか?
アピアランスケアには、医学的な対処法や肌や爪のセルフケアのほか、美容・ファッションによるアプローチ、心理社会的なサポートなど、様々な手段があります。
医療的な対処法とセルフケア
乳がんの手術による乳房の喪失に対する形成外科での乳房再建は、保険適応になっています。抗がん剤による脱毛の予防のための頭皮冷却装置は、自費となりますが、一部の医療機関で導入されています。また、日ごろから保湿や日焼け止めなどのスキンケアや爪のケアを行うことで治療中の皮膚炎・爪囲炎などのトラブルを予防できます。特別なケア製品は必須ではなく、病院やクリニックでケアの指導が可能です。
美容・化粧・ファッション
美容やファッションの専門家や下着・衣類・ウィッグの会社など、様々な業種の方もサポートしています。乳がん術後の補正下着や人工乳房、脱毛に対するウィッグや帽子、皮膚のくすみやシミに対するカバーメイク、爪の変化に対するマニキュアやジェルネイルなどがあります。
これらのケアも重要なのですが、実は、アピアランスケアにおいては、心理社会的なアプローチが大切だそうです。
例えば、抗がん剤による脱毛があり、職場復帰をした時の周囲の視線が気になるという患者さんが時々いらっしゃいます。もし、逆の立場だったらどう感じるでしょうか?あなたの職場の同僚が、治療を終えて仕事復帰してきた時に、頭髪がないことを気にするでしょうか?むしろ、戻ってきてくれてうれしく思ったり、仕事ができるだろうかと気遣ったり、しませんか?このように、ものの見方を変えてみると、自分への共感・いたわり(self-compassion)を感じることができます。
治療を通じて、自分自身が変わってしまったようにも感じる方もいるかもしれません。しかし、「自分らしさ」というのは、常に変わっていくものです。年齢を経たり、経験を積んだり、社会とかかわることで、自分らしさは作られていきます。私たちが暮らすコミュニティには、様々な年齢、性別、セクシュアリティ、文化社会的背景の方がいます。現在では、これらの多様性を認め、共に社会を創っていく時代になりました。乳がんの患者であるということも一つの個性。自分らしさの表現にはいろいろあり、社会の中での自分を少し離れて見てみる、数十年後の自分を想像して俯瞰してみることも大切です。将来はあなたが誰かをサポートする立場になるかもしれません。
また、外見の悩みは、周囲とのコミュニケーションの悩みに起因することがあります。手術や抗がん剤、放射線治療を行っているときは、病院に行くこと、が生活の中心であったかもしれません。これらの治療を経て、社会と再び関わり始めるとき、これまでの療養生活と周囲の環境との乖離を感じることがあります。元のように生活ができるのだろうか?と不安に感じる方もいます。帽子やウィッグにより脱毛をカバーしたり、カバーメイクを行ったり、といった目に見えるケアが役に立つこともありますが、例えば、 がんの治療と就労の両立のためには、一人一人の状況に応じた、柔軟で、きめ細やかな社会の支援も必要です。職場の担当者と患者さんだけではなく、産業医や保健師、社労士、主治医が、コミュニケーションをとり、復帰のタイミングの相談や、仕事内容の調整をしていく、という支援も求められます。
外見の変化は治療による副作用なので仕方がないことと、あきらめる必要はありません。この様な心理的・社会的な支援を含めたアピアランスケアを通して、うまく対処ができたと感じれば、自信につながることがあります。必ずしも、ウィッグを買ったり、補正下着をそろえる必要もありません。自分らしく向き合えばよいのです。
当院での取り組み
当院では、スキンケア・爪のケア・口腔ケアetc. のセルフケアの指導、乳房再建などの医学的な対処法の情報提供を中心に行っています。クリニックには、乳房術後の補正下着やケア用帽子のご案内のパンフレットやサンプルを置いています。また、心理社会的な支援として、がん治療と就労の両立の相談にも向き合っていきたいと考えています。
多くの患者さんは、病院からの外見に関する情報やケアの提供を希望しているにもかかわらず、正しい情報が得られていないそうです。外見の変化に対するケアと情報提供により、患者さんが前向きに治療に臨み、日常生活を送ることができるようお手伝いすることができればと思っています。クリニックなので、一人一人の状況に応じてきめ細やかに、長い目で支援を行っていけるのが強みです。
このほかにも、乳がんの術後の経過観察で行う、食事・運動の指導や、治療による副作用の対処法などは、女性のウェルネスの向上にも役立つ情報がたくさんあります。アピアランスケアも、乳がんの罹患に関わらず、全ての方に知っていただきたいと思っています。
参考となるリンク
アピアランスケアについて
アピアランス(外見)ケアとは? | 国立がん研究センター 中央病院
アピアランスケア~外見の変化への対応方法~ │ 駒込病院 スタッフコラム
頭皮冷却装置とは?
乳房再建について知りたいとき
その他
乳がん術後の下着・パッドのアドバイス 乳房再建術後の経過とケア 静岡がんセンターによる患者さん向け冊子
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