乳がん診療の現場で感じる「女性の生きづらさ」
乳がんの診療をしていると、経済的な理由で望む医療サービスを受けられない、あるいは受診を控える女性が少なくないことに気づかされます。仕事を休めない、家族に迷惑をかけられないと感じ、検診や治療の優先順位を下げてしまう人もいます。一方で、お金をかけて最先端の治療を求める人もいます。最近は、その「格差」が、以前よりも大きくなっているように感じています。
病気になることは誰にでも起こりうること
どんなに健康に気をつけていても、病気になる可能性は誰にでもあります。特に乳がんは、日本人女性の9人に1人が生涯のうちに診断されるとされており、決して特別な病気ではありません。
病気になったときに、「自分が気を付けていなかったから」と自分を責めてしまったりしないでください。 「病気になることは悪いことではない」 ということです。
また、「迷惑をかけてはいけない」「頑張らなければならない」「我慢しなくてはいけない」と思い込んでしまうと、適切なタイミングで受診できなかったり、必要な治療を諦めてしまうことがあります。
経済的理由で受診をためらう現実
「職場に迷惑をかけられない」「家族の世話がある」――そういった理由で、検診を先延ばしにしたり、治療を後回しにする方がいます。子育てや介護をしている方、シングルマザーやパート勤務、フリーランスで働く方にとって、病院に行くための時間や経済的な負担が大きなハードルになっています。
また、乳がんの診断がついたとしても、経済的な事情で治療の選択肢を制限せざるを得ない人もいます。たとえば、ホルモン療法や化学療法の副作用で仕事を続けられなくなることを恐れ、治療を諦めた方。あるいは、高額な自己負担がかかる先進医療を受けたくても、経済的に難しいため標準治療にとどめる方もいるかもしれません。こうした状況を目の当たりにするたび、医療における格差の現実を痛感します。
標準治療でも経済的負担が増している!「経済毒性」についてご存知ですか?
ここで重要なのは、「標準治療=保険診療だから経済的な負担が少ない」とは言い切れなくなっている ことです。乳がん治療は日々進歩し、より高度で個別化された治療が可能になってきました。しかし、その一方で治療が複雑化し、自己負担額が増えているのも事実です。
「高額療養費制度」 は、医療費の家計負担が重くならないよう、医療機関などで支払う医療費が1か月で上限額を超えた場合、その超えた額を支給する仕組みです。上限額は、年齢や所得に応じて定められています。最近、この上限額の見直しが検討されていましたが、学会や患者会などの各種団体から反対の声が上がり、一旦保留となっています。
乳がんは、40~60代の働く世代に多く見られるがんです。
ブログ>職場でのがん対策
治療により治癒が見込めますが、再発を予防するための治療はお金がかかります。
たとえば、術後のホルモン療法や分子標的治療薬は、長期間(年単位)の治療が必要であり、毎月の薬代が家計を圧迫することがあります。遺伝子検査や追加の画像検査が推奨されるケースも増えており、それらの費用負担も無視できません。さらに、通院のための交通費や、治療に伴う休業による収入減少など、直接的な医療費以外のコストも大きな負担にることでしょう。
こうした医療費の増加によって、患者さんやその家族が経済的に困難な状況に陥ることを 「経済毒性(financial toxicity)」 と呼んでいます。治療を続けることで生活が苦しくなり、結果として治療を中断せざるを得なくなる――これは、医療の進歩によって生まれた新たな問題とも言えます。
受診や治療を諦める背景にある「古い価値観」
経済的な問題だけでなく、女性が「頑張らなければならない」「周りに迷惑をかけてはいけない」「期待される役割を果たさなければならない」といった価値観に縛られていることも、受診や治療を諦める要因になっていると感じます。
皆さん、このように考えていませんか?
• 「仕事を休めない」 → 仕事を優先し、体調が悪くても受診を後回しにする
• 「家族に迷惑をかけたくない」 → 治療を控えたり、費用のかかる検査を諦める
• 「専門家である医師の勧めに従わなければならない」 → 自分が納得していなくても、医師の提案通りに治療を選ぶ
• 「”良き母、良き妻、良き患者”でいたい」 → 本当はつらくても、弱音を吐けない
でも、本当は 「自分の幸せこそが大切」 なのですよね。
もしも自分の大切な人が、同じような立場で、同じようなことを考えていたらどう伝えるでしょうか?ー自身のことを優先して、大切にしてもらいたいし、困っているのなら、ほかに方法がないか、これからどうしていきたいか、一緒に考えますよね。
女性がこうした古い価値観に縛られず、無意識の思い込みを捨てて、「自分のために医療を選ぶ」ことが当たり前になれば、もっと自由に、自分の人生を大切にできるはずです。そのためには、医療者側も「こうすべき」と一方的に決めつけず、患者さん一人ひとりが納得できる選択を支える姿勢が必要だと思います。
すべての人が必要な医療を受けられるように
この問題に対する大きな解決策はすぐには見つかりませんが、まずは 「自分の健康を大切にすることは、決してわがままではない」 という意識を広めることが大切だと思います。
自分のことを気にかけて、自分自身が健やかでいることが、結果的に家族や社会のためにもなる。そうした意識が当たり前になるよう、いろいろな形で、情報発信を続けていきたいと考えています。
また、医療機関としてできること――たとえば、経済的な事情に応じた検査や治療の提案、自治体の助成制度の案内、時間の制約がある人にも通いやすい診療体制の工夫など、できる限りのサポートを続けていきます。
「医療は平等であるべき」 その理想に少しでも近づけるように、私もできることを積み重ねていきたいと思います。
あなたの未来のために、あなたの健康のことを考えて。
どうか、自分自身を大切にしてください。