妊娠中に乳がんと診断された患者さんが教えてくれたこと
医師として働く中で、ときに「この出会いは、きっと一生忘れない」と思うときがあります。
今でも私の診療の軸にあり続けている、ある患者さんとの出会いをご紹介させてください。
それは、妊娠中に乳がんと診断された一人の女性です。
命を育てながら、命を守る決断を
その方は妊娠中に乳がんが見つかりました。
お腹に新しい命を宿している時期に抗がん剤治療が必要な状況で、「赤ちゃんを守りながら治療をする」という選択をされました。
抗がん剤を受け、そして無事に出産されました。
その後も、育児をしながら通院治療を続けられました。
残念ながら、しばらくして再発が見つかり、
最終的にはお別れを迎えることとなりました。
正解がないからこそ、誰かの「生きる」に寄り添いたい
当時の私はまだ若手の医師で、母親でもありませんでした。
点滴をするにしても、検査を提案するにしても、
この選択で本当に良いのか。
彼女を支えられているのか。
毎回、迷いと葛藤を抱えながら向き合っていました。
彼女は、自分とご家族の「これから」を大切にしながら、選択を積み重ねていかれました。
私はただそばにいて、その姿を見守ることしかできませんでした。
でも、その時間を通して、医療とは、「その人の人生」を支えるためにあるもの。
そして、次の世代につながっていくもの、ということを学びました。
今も、未来の誰かの力になるために
彼女と出会ってから、私は「今、目の前にいる一人」に丁寧に向き合うこと、
そして「未来の誰か」のためにできることを、ずっと意識しています。
- 治療と妊娠・出産をどう両立できるのか
- 子育て中の女性が、どんな不安を抱えているのか
- 何を支えに、前に進もうとするのか
それらを知り、考え、言葉にしていくことが、
次に同じような状況に直面する誰かの道しるべになると信じています。
医療は、人生のそばにあるもの
あなたの大切なものを守るためにあります。
そして、日々の中で、「日常の些細なこと」がどれほど大切なのか。
それを教えてくれた彼女とそのご家族に、私は今も感謝しています。