乳腺外科を選んだ理由~選ぶことで、道は開ける
20年前、ある先生が私にかけてくださった言葉があります。
「選ぶことで、道は開ける」
当時は、その言葉の本当の意味を理解していたわけではありません。
でも今は、その言葉の重みを、身をもって感じています。
外科医としての始まりと、キャリアの迷い
手術が楽しくて、私は外科医の道を選びました。
学生時代、外科の研修で「自分の手で病気を診て、治す」という体験に魅了されたのです。
乳腺外科も研修で経験し、思春期・妊娠授乳期・更年期・老年期と、女性の一生に関わることができる診療科だと知って興味を持ちました。
けれど当時の私は、正直「乳腺外科は考えにくいな」と思っていたのです。
卒業後は、もっと“外科らしい”分野を目指していましたし、いろいろな手術を経験したいと感じていました。
検査や診断が中心の乳腺外来や、薬物療法が主流となっていた乳がん治療には、物足りなさを感じていました。
さらに、「女性医師だから」という理由で乳腺外科への異動を提案されたこともあり、反発心も抱いていました。
その後、大学院でがん研究に没頭し、留学も経験しました。
しかし、帰国後、臨床に戻ってみると、自分の医師としての未熟さを痛感します。
「いろいろな手術ができる医師になるべきか、それとも専門性を深めるべきか?」
「自分にとって、本当に意味のある医療とは何か?」
日々悩んでいますが、先の不安や日々の仕事に忙殺されて、なかなか答えを出せずにいたとき、 あの先生の言葉をふと思い出したのです。
「選ぶことで、道は開ける」
乳腺外科を“選んで”見えた世界
そうだ、先は見えないけれど、とりあえず前に進んでみよう。
先生の言葉に背中を押されるように、私は乳腺外科を選びました。
より深く学び、経験を積むために、思い切って関西への転居も決めました。
そして実際にこの道を進んでみて、確信しました。
乳がん治療には、手術だけでなく、内科的な知識、全身管理、最新のエビデンスに基づくアップデートされた医療が欠かせません。
そして何より、患者さん一人ひとりの背景や人生に寄り添う姿勢が求められる分野でした。
決して“狭い”なんてことはなく、
むしろ、幅広い視野と深い人間理解が求められる、奥行きのある分野だったのです。
この道を選んだからこそ見えてきた世界が、確かにありました。
今、患者さんに伝えたいこと
現在、私は乳腺専門クリニックの院長として、日々患者さんと向き合っています。
20年前の自分が思い描いていたよりも、ずっと多様で、広がりのある毎日を生きています。
診察室で、治療の選択に悩む患者さんに出会うたび、私はあのとき先生がかけてくださった言葉を思い出します。
「その選択で大丈夫。そこからまた、新しい可能性が広がっていきますよ」
あの言葉が、今も私の羅針盤
人生には、迷いがつきものです。
治療も、キャリアも、どれだけ考えても不安がゼロになることはありません。
でも――
何かを“選ぶ”ことでしか見えてこない世界がある。
私はそのことを、あの言葉から教えていただきました。
先生、本当にありがとうございました。
あのときの言葉は、今も私の人生の羅針盤です。
心よりご冥福をお祈りいたします。