乳がん治療後をよりよく生きる|NCCNサバイバーシップガイドラインから学ぶ

乳がんの治療は、とても長い道のりです。そして治療が終わった後も、患者さんの生活にはさまざまな課題や不安が続きます。
今回ご紹介したいのが、アメリカの NCCN(National Comprehensive Cancer Network)サバイバーシップガイドラインです。
日本にはまだ乳がん特化のサバイバーシップガイドラインはありませんが、NCCNの考え方は、治療後の生活を支えるうえで大変参考になります。
NCCNガイドラインで示されている重要な視点を、患者さんの生活に合わせてわかりやすく解説したいと思います。
NCCNサバイバーシップガイドラインとは?
NCCNは、がん治療の専門家が作る国際的にも信頼度の高いガイドラインです。
その中にある「サバイバーシップ(Survivorship)」は、治療後の心身のケアや生活の支援に関する総合的な指針です。
乳がん治療後の生活に特に関わる項目として、次のようなテーマが示されています。
NCCNガイドラインにおける主なサバイバーシップの項目
① 再発と新たながんのフォローアップ
治療が終わっても、定期的な診察や画像検査が必要です。
NCCNは「必要な時期に、必要な種類の検査」を行うことを推奨しています。
➡ 患者さんへのポイント
- 次はいつ何の検査をするか、主治医と確認していますか?
- 検査の不安があれば、遠慮なく相談しましょう。
② 身体に残る治療の影響(長期・晩期副作用)のケア
乳がんの治療は、治療後も身体に影響を残すことがあります。
- 手足のしびれ(末梢神経障害)
- リンパ浮腫
- 骨密度低下
- 更年期症状
- 心臓への影響(特定の抗がん剤)
- ホルモン療法による関節痛やほてり
➡ 患者さんへのポイント
- “以前と違うな” と感じる身体の変化はありませんか?
- 小さな変化でも、早めに医療者に伝えることで、生活の負担を減らせることがあります。
③ 心の健康(メンタルケア)
治療が終わると安堵する一方、次のような気持ちが出てくる方も多いです。
- 再発への不安
- 気分が落ち込む
- 以前の生活に戻れない焦り
- 疲れやすさ
- 集中力・記憶力の低下(いわゆる“ケモブレイン”)
NCCNは、心理的サポートを治療後ケアの中心要素と位置づけています。
➡ 患者さんへのポイント
- 「疲れが抜けない」「気持ちが沈む」など感じていませんか?
- 心の変化も治療の一部。遠慮なくご相談ください。
④ 生活習慣・健康行動
治療が終わった後の体を支えるのは、日々の生活習慣です。
NCCNは特に
- 適度な運動
- 体重管理
- バランスの良い食事
- 禁煙
- アルコールを控える
を推奨しています。
➡ 患者さんへのポイント
- 運動・食事・体重管理など、できることから少しずつ始められていますか?
- 無理のない範囲で一つずつ取り組むことが大切です。
⑤ 妊孕性(にんようせい)と将来の妊娠
若い乳がんサバイバーにとって、妊娠・出産の問題は非常に重要です。
NCCNは
- 妊娠の希望があるか
- 今後の妊娠のタイミング
- 治療による妊孕性への影響
- 必要なら生殖専門医との連携
を強調しています。
➡ 患者さんへのポイント
- 将来、妊娠・出産を希望していますか?
- その場合、どのタイミングで相談すべきか、主治医や専門科と話し合えていますか?
⑥ 性的健康
乳房の手術、ホルモン療法、更年期症状により、性機能や性的満足度が変化することもあります。
NCCNは、これを治療後の大切な健康領域として扱っています。
⑦ ケアコーディネーション(サバイバーシップケアプラン)
治療後、誰がどんな役割を担うのかを整理した「サバイバーシップケアプラン」を作ることが推奨されています。
- 主治医
- かかりつけ医
- リハビリ
- 心理支援
- 必要に応じて婦人科や生殖医療専門医へ
➡ 患者さんへのポイント
- 治療が終わった後、どこに相談すればいいか明確になっていますか?
- ケアプランを主治医と一緒に作ることで、安心して生活できます。
サバイバーシップは“患者さんと医療者の共同作業”
NCCNは「サバイバーシップ(治療後の生活)」を、医療者だけが提供するものではなく、患者さんと医療者が一緒につくりあげるプロセスだとしています。
当院では、乳がん治療後の経過観察やホルモン治療を地域の病院と連携して行っています。
時には、他の病院に通院している方が生活上の悩みをご相談に来られることもあります。ご自身のイメージしていた治療後の状態とのギャップ、病院のスタッフとのコミュニケーション、今後の見通しなど、様々なことが頭をめぐり、混乱されているように感じます。
「ホルモン治療の副作用がつらいが聞いてもらえない」「心療内科を勧められたけれど行くべきか迷う」——こうしたお悩みは、決して珍しいものではありません。
医療者は患者さんのことを思ってアドバイスを行いますが、最後に自分のために決断し行動するのは、やはりあなた自身です。なぜそのように感じるのか、自分の心にある本音をそっと聴いてみませんか。そして、どれか一つでもよいので、行動につながる小さな一歩を踏み出してみることで、次のステージが開けていくのではないでしょうか。
最後に
乳がんの治療はゴールではありません。
治療後の人生をどう豊かに過ごすか――そのサポートこそがサバイバーシップケアです。
NCCNガイドラインは、治療後のケアを広い視点から丁寧に整理した指針です。
治療後の身体や気持ち、生活の変化は人それぞれです。正解はありません。けれど、こうした視点を確認していくことで、今の自分が抱えている課題や不安が、少しずつ整理されていきます。
ご自身の価値観、生活の背景、家族の状況、治療への思い、将来の希望——一つひとつが、あなたのサバイバーシップケアの中心にあります。当院では、患者さんの「こうしていきたい」を大切にしながら、治療後の生活を一緒に考え、支える診療を心がけています。
不安や疑問があれば、どんなことでも遠慮なくご相談ください。
あなたのこれからの人生を、一緒に歩むパートナーとして支えていきたいと思います。