治療が終わっても、辛さが続く?──がんとPTSDについて
乳がんの診断や治療を経て、「ようやく終わった」と思えたはずなのに、夜眠れなかったり、ふとしたことで涙が出たり、「また再発するのでは」という不安が常に頭から離れなかったり──
そんな心のつらさを抱えている方が、実は少なくありません。
今日は、あまり知られていないけれど大切なテーマ、「がん関連PTSD(心的外傷後ストレス障害)」についてお話したいと思います。
がんとPTSD──「心の後遺症」
PTSDというと、戦争や自然災害、事故などのイメージを持たれる方が多いかもしれません。
けれど近年、がんの診断や治療体験そのものが「心のトラウマ」となり、PTSDのような症状を引き起こすことが医学的に明らかになってきました。
これを「がん関連PTSD(cancer-related PTSD)」と呼びます。
▶ 症状の例:
- 治療や検査を思い出すと強い不安や恐怖が湧く
- 夜中に目が覚める、悪夢を見る
- 再発の可能性に過敏になり、日常生活に集中できない
- 「自分だけ取り残された」「誰にも理解されない」という孤立感
- 自分を責める、他人と距離を置いてしまう
これらはすべて、PTSDの中核症状である「再体験」「過覚醒」「回避」に該当します。
どれくらいの人がなるの?
実際の研究では、
- がん患者の7〜14%が診断可能なPTSDを経験
- 軽度を含めると、最大で30〜35%の患者さんに類似の症状があるとも報告されています
(出典:Kangas M, Henry JL, Bryant RA. The nature of traumatic stressors and PTSD in adult cancer survivors. J Trauma Stress. 2002)
つまり、決して珍しいことではないのです。
とくにPTSDのリスクが高いのは以下のような状況です:
- 若年のがん患者さん(30~50代)
- 小さなお子さんを育てている方
- 手術や化学療法による身体イメージの変化が大きかった方
- 強い痛みや副作用を経験した方
- 治療中に十分な心理的サポートを受けられなかった方
なぜ起きる? 脳と心の仕組みから
脳の「扁桃体」や「海馬」は、恐怖や記憶と深く関わる領域です。
がんの診断・治療中に極度のストレスを受けると、これらの領域が過敏になり、脳が“危険”を記憶として刷り込んでしまうことがあります。
その結果、治療が終わっても、
- CT検査の予約票を見ただけで動悸がする
- 自分と同じ境遇の人をテレビで見て涙が止まらなくなる
- 「がん」という言葉に過剰に反応してしまう
という状態が続くのです。
対処法は? ~一人で抱えず、心のケアを~
がん関連PTSDの治療は、早期に気づき、適切なサポートを受けることが何よりも大切です。
▼主な対応策:
- 専門的なカウンセリング
- 精神腫瘍科や心療内科での薬物療法(必要に応じて)
- 患者会や同じ経験をした人とのつながり
- 医療者との定期的な対話(再発不安への理解と共感)
乳がん治療では「目に見える治療」だけでなく、「目に見えない心の回復」も非常に重要です。
当院でも、診療の中で患者さんが「安心して話せる場」を確保しています。 必要に応じて心療内科や精神科との連携を行います。
それは「弱さ」ではありません
治療が終わったあとに感じる心のつらさ──
それはあなたが弱いからではありません。
むしろ、命と向き合い、治療を乗り越えたからこそ現れる“心の反応”です。
「治ったのに泣いてしまう」「また怖くなる」
そんなあなたを、どうか責めないでください。
必要なら、医療者や周囲を頼ってください。
心の回復にも 時間と支え が必要です。
いつでもご相談ください。
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📚 参考・出典:
- Kangas M, Henry JL, Bryant RA. The nature of traumatic stressors and PTSD in adult cancer survivors. J Trauma Stress. 2002;15(3):231-40.
- Okamura H. Psychological distress and mental health care in cancer patients. Japanese Journal of Clinical Oncology. 2011
- 日本サイコオンコロジー学会 公式ガイドライン(2020年改訂版)