乳がんと診断された時に、親としてどうふるまうか?
乳がんの診断を受け、治療に取り組む中で、小さなお子さんを育てながら頑張っている患者さんがたくさんいらっしゃいます。そうした方からよく伺うのが、こんなお話です。
「子どもの前で泣いてしまいました。親として失格でしょうか」
「本当は不安でいっぱい。でも子どもに心配をかけたくなくて……」
そのようなとき、私は必ずお伝えしています。
泣くことは、人間として自然な反応です。親であっても、それは変わりません。
実は、乳がんの告知から治療、そしてその後に至るまで、患者さんの“こころ”にはさまざまな感情の波が生じます。
その中で、 泣いてしまうことは、人間として自然な反応です。親であっても、それは変わりません。
今回は、その3つのフェーズに分けて、心の反応の背景にある医学的なデータをお伝えしていきます。
1. 診断時:「心に地震が起きた」ような衝撃
乳がんの診断を受けた直後、多くの患者さんはショック、不安、否認、混乱などの「危機反応(クライシス・リアクション)」を経験します。これは感情として正常で、ごく自然な反応です。
「まさか自分が…」「子どもや仕事はどうなるの?」
そんな思いが一気に押し寄せるのは当然のこと。
この時期は、頭では理解していても、感情が追いつかないことがよくあります。
医学的にも、「情報処理能力が一時的に低下する」ことがあるため、初診時にすべてを理解できなくても不思議ではありません。医療チームは、必要な情報を何度でも、段階的にお伝えしていきますので、慌てず行きましょう。
- 統計によると、診断時には20~50%の方が不安、30~50%が抑うつといった心理的苦痛を感じており、特に最初の数年は継続する場合もあります。
- これは「自然な生体反応」であり、頭で理解している以上に感情が先に揺れるのは当然のことです。
2. 治療中:「身体と心、両方が試される」
手術、抗がん剤、ホルモン療法、放射線治療……身体的負担に加え、心にも影響が及びます。
この時期に現れやすい心の状態としては:
- 抑うつ気分(気分が落ち込みやすくなる)
- 情緒不安定(涙もろさ、イライラなど)
- 身体イメージの変化(脱毛や手術痕などによる自己評価の低下)
- 社会的孤立感(仕事・育児・パートナーとの関係への不安)
といったものが挙げられます。
- 治療中には14~41%の患者さんが臨床的レベルの抑うつ・不安を経験し、化学療法後の「ケモブレイン」(記憶や集中力の低下)は13~70%の方に見られるという報告もあります。
- 心理的な苦痛は、治療継続率や治療後のサバイバビリティにも影響を及ぼす可能性があるため、精神腫瘍科や臨床心理士との連携が重要とされています。
3. 治療後:「“完治した”としても心が落ち着かない」
治療が終わった後、多くの患者さんが予期しない感情に襲われる時期です。
- 完治後でも25~39%の方が臨床的レベルの抑うつ・不安を抱え、再発不安や「サバイバーズ・ギルト(生存者の罪悪感)」を経験するケースが報告されています
- 特に最初の1年は、一般人口と比較して抑うつリスクが最大3倍高い(sHR 3.23)という研究結果もあります BioMed Central
この時期は「ふと立ち止まったときに、不安や疲れを感じやすくなる」とされ、まさに“ジェットコースターのような心の揺れ”といえるでしょう。
「治療が終わったのに涙が出る」
「周囲は“よかったね”と言ってくれるけれど、自分だけが取り残された気がする」
このような思いを抱く方も少なくありません。
これは「サバイバーズギルト」や「再発への不安」といった、治療後特有の心の反応です。
また、治療中は「とにかく前に進むこと」に集中していた心が、ふと立ち止まったときに、後からさまざまな感情が押し寄せてくるという現象もあります。
こうした反応も、がんサバイバーにとっては非常に一般的であり、長期的な心のサポートが必要なフェーズです。
治療が終わっても、不安があるのは当然のこと。だからこそ、「治療後のケア」も医療の大切な一部ですが、通院の回数が減り、医療チームとの接点が減ってくる時期でもあります。
キャサリン皇太子妃のこと
キャサリン妃は、2024年3月にがんと診断されたことを明らかにしました。がんの種類や詳細については公表されませんでしたが、予防的化学療法を受け、2025年1月には寛解状態にあるとのこと。
2025年7月2日、キャサリン妃はコルチェスター病院の「ウェルビーイング・ガーデン」を訪問し、自身の治療中・治療後の心の揺れを率直に語りました。
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「治療中は“頑張ろう”、治療後は“元に戻ろう”としますが、実際にはその後のほうが本当に大変です…“新しい普通”を見つけるには時間がかかります…ジェットコースターのような浮き沈みがあります」。
がん治療後の生活は平坦ではないこと。患者は“勇敢な顔”を作り、感情を抑えて耐える態度を見せがちであると、率直に述べられています。皆さん、きっとうなづかれるのではないでしょうか。
子どもの前で泣いてもいいし、泣かなくてもいい
乳がんと診断されて間もない段階で涙が出たり、感情が不安定になったりするのは、ごく自然なことです。
また、治療中は、ホルモンバランスの変化や体調の不調も心の状態に影響を与えるため、感情が揺れやすくなる方もいらっしゃいます。
特にお子さんがいる方は、「自分がしっかりしなくては」「子どもに心配をかけてはいけない」と、より強いプレッシャーを感じやすいものです。ですが、“親であること”と“人としての不安”は、決して矛盾しません。
子どもは意外にも親の気持ちに敏感です。そして、親がつらい時に「泣いてもいい」ということを見て育つことで、「感情を表現することは悪いことではない」という、価値観を学ぶことにもつながります。
子どもの前で涙を流し、“親としてのありのまま”を見せてもいい。
“不安を感じてもいい” “時間が必要”と話し、向き合う姿をそのまま見せるのもまた、親としての在り方の一つ。
また、子供の前では泣かないというのも、親としてのあり方の一つ、だと思います。
そこにあるのは、子供への愛情。その示し方に、正解はないですし、お子さんももきっとあなたの愛を感じているはず。
最後に
私たちは病気だけでなく、「人」としてのあなたを大切にしたいと思っています。
もしもお困りのことがあれば、いつでも遠慮なく話しに来てくださいね。